「Excelを使いこなしているつもりの人がWordを敬遠する」理由をADHDの特徴である報酬系の弱さで説明します
なんでもExcelで作りたがる人
新しい部署に異動になっていろんな書式類を見て、すごくイライラしていることがあります。 それがWordとExcelの使い分け。 これはPCを扱うスキルの要因がどうしても絡むので一人でイライラしてても仕方ないんですが、せっかく操作を覚えるのに、邪道なやり方しか覚えないのはもったいない
— dicegeist (@dicegeist) 2015, 4月 8
これは「Excel方眼紙問題」とも呼ばれており、Wordでの作表が苦手でどんなドキュメントもExcelで作りたがる人の要領の悪さへの苛立ちを表すツイートです。
ほとんどネタとしか思えませんが、Excel方眼紙を肯定する日経トレンディの記事を参考までに紹介します。
人は、なぜExcelを好むのか?
それではまず、Wordを嫌いExcelばかり使いたがる人が、なぜそうなるのかという理由を背景にある障害特性と共に分析してみます。
Excelの要素 | 愛される理由 | 関連する障害特性 |
---|---|---|
セル | そこに方眼紙があるから | ワーキングメモリ不足から複雑な要素の組み合わせを理解できない |
シート | ページ管理が楽だから | 報酬系の未熟 |
関数 | 簡単に理解できるものが数百個あるから | 報酬系を満たす |
複数のソフトを使い分けている人が上記の項目を眺めると、「Excelに執着する人は、Wordに関する知識や理解が不足しているため」という理由がすぐわかります。
ですが、当の本人がそれを自覚することはなく、むしろ「Wordはレイアウトの融通がきかないダメなソフト」と評価する傾向があります。
と同時に、複数の関数を習得できたという満足感から、「エクセラー」を自称するようになります。
そこに方眼紙があるから
複雑な集計を必要としない見積書*1や、決済書のハンコ欄を作表するためだけにExcelを起動する人に、その理由をたずねるのは野暮というものです。
きっと、こんな答えが返ってきます。
「そこに方眼紙があるから。なぜ、わざわざ真っさらなノートであるWordを使わなければいけないのか?」
使いこなせていない人にとって、 Wordで作表することこそ非効率なのです。
Wordは本当に挙動不審なソフトなのか?
Excel方眼紙の問題を指摘する @dicegeist さんすら、こんなことをつぶやいています。
そのWordの致命的な弱点というのが、罫線が摩訶不思議な挙動を示したり、表の中に文字を入れようとした時に思ったようにコントロールができなかったり。 こうした問題を解決するため(だけに)Excel入門をする方が多いようですが、もったいないです。
— dicegeist (@dicegeist) 2015, 4月 8
たしかに、Word98くらいまではバグも多く、特にメモリを食う操作を安定して実行できない課題はありました。しかし、ここ数年内にリリースされたバージョンでそのようなトラブルはほとんど無いはずです。
こうした誤解は、罫線と文字の関係性や概念がそれぞれのソフトで異なることに起因します。
Excelは[セルの書式設定]ですべてが解決する
Excelで表を作る場合は、対象となる範囲を選び、右クリックすれば[セルの書式設定]画面が開き、[配置]タブで位置を見れば、初心者でも自由自在に文字の位置を調整できます。
セルの書式設定 ちょっぴり前進(配置編)【エクセル・Excel】
Wordは「段落」概念の理解が必須
それぞれのソフトで以下のキーを押すと、何ができるかを表にまとめました。
キー操作 | Excel | Word |
---|---|---|
Enter | 次のセルへ移動 | 段落を分ける |
Alt+Enter | セル内で改行 | - |
Shift+Enter | - | 段落内で改行 |
察しがいい人はもうおわかりかと思いますが、Excelは「セル」を基本単位としているので、前述した通り[セルの書式設定]がほぼすべてのニーズをカバーします。なぜなら、セル以外の場所に存在する文字は、ヘッダー・フッターやコメントくらいだからです。
翻って、Wordの文字列は必ず「段落」という単位から成り立っており、下図にある「段落前」「段落後」「行間」の違いを知らないと垂直方向のサイズ調整ができません。
Word2010:段落前/段落後/行間について −教えて!HELPDESK
やっかいなことに段落は、表の内側にも外側にも存在します。つまり、セルの中にある文字列も段落なら、表の周囲にある本文も段落です。
これ以上の説明を始めると長くなるので省略しますが、作表機能に限らず「Word使用中に予期せぬレイアウトに変えられた」という不満の多くは、段落を中心としたWordの仕様の理解不足によるものです。
なぜ、ADHDの人はEnterキーを押すことで改行や改ページするのか?
ここまでの内容で、「Wordを使いこなすには、理解しなければいけないことがExcelより多い」ということはおわかりいただけたかと思います。
では、大多数の人がそれでもWordの知識を深め、これでドキュメント作成業務を効率化しているのに、なぜADHD当事者にはそれが難しいのかを説明します。
報酬系とは
それが、本稿のタイトルにも入れた「報酬系の弱さ」です。
ADHDをもつ人は報酬への感受性が異なると言われています。
例えば、大きい報酬を待って得る機会があっても、すぐに得られるならば小さい報酬を選ぶことが多いのです。
大陸を越え専門分野を超えたADHDの研究 | 沖縄科学技術大学院大学 OIST
「感受性が異なる」という表現は、医学や心理学における専門用語なのかもしれませんが、一般人の私たちがADHDのバカっぷりを評する際にオブラートに包んだ言い方として活用できそうです。
主治医が、「例えは悪いけれど」と前置きしつつ、復職に焦っていた頃の私にかけた言葉が次の諺です。
デジタル大辞泉の解説【慌てる乞食は貰いが少ない】
先を争って貰おうとすると、反感を買って貰いが少なくなるものである。
急ぎすぎると、かえって悪い結果を招くという戒め。
慌てる乞食は貰いが少ない(アワテルコジキハモライガスクナイ)とは - コトバンク
ADHDの三大症状*2の一つに「衝動性」があり、後先のことを考えずにトラブルとなることを口走ってしまったり、やってしまったりすることです。
ADHDの空気読めなさは、ASD傾向混じりのときもあるけど、「TPOをわきまえて理解はできてる」けど「おもしろくて(興奮して)言いたい」衝動をガマンできない。という、子どもっぽさにあるんじゃないかと思ってる。 脳が疲れるとガマンが難しくなるので、そこにストラテラが効いてる感じ。
— ろっき (@rokky2015) 2015, 4月 9
上記のツイートは、下表の「報酬系」の機能不全と考えられます。
弱い脳機能 | 結末 | 行動 |
---|---|---|
報酬系 | わかっている | マイナスになるがやらずにはいられない |
ワーキングメモリ | 具体化が難しい | ダメっぽい気はするけど、それ以上考えるのは面倒 |
想像力 | わからない | まさか悲劇が訪れるとは思っていなかったのでやってしまった |
明日の仕事の効率化より、目先の表示結果を選ぶ
話をパソコンに戻しましょう。
ADHD的思考を持つ人はWordに限らず、ブログを書く際も段落の概念を理解しようとしません。先日書いた記事でも取り上げましたが、SEOなどを気にされている方でも、検索エンジンが正しく読み込むことより、自分のパソコンの画面にどう表示されるかを優先します。
そういう人はWordの改ページ機能を知らない、あるいはページ区切りはできてもセクション管理まで理解していないので、うまく印刷できなかったりします。
「もっとWordのことを勉強すれば、他の人と同じように仕事が速くなるかもしれない」
「私が作ったWordのファイルを引き継いで編集する人が、苦労しているかもしれない」
ADHD脳でも、それくらいのことは薄々感じています。これがいわゆる「大きな報酬」です。
そして、「小さな報酬」を選びます。
「でも、とりあえず今、私の画面に映しだされているものでページが調整されていればいいの」
なぜ、ADHDの人はExcelにはまるのか?
よく言えば「報酬への感受性が異なる」 、平たく言うと「根っからの勉強嫌いで怠け者」であるADHDが、「Wordはできなくても、Excelなら使いこなせている」ような気持ちになる要因を解説します。
これまた、報酬系が大きな鍵となります。
例にもれず、ADHDの人もSUM関数などでExcelが便利なソフトだということに気づきます。ご存知の通り、関数というのは「引数」や「ネスト(関数に関数を入れ子状態にする)」さえ理解できれば、後は簡単です。
それでも、左右盲*3や方向音痴系の人が引数の範囲をドラッグした際に迷子にならず、数式を完成させることは並大抵の苦労ではありません。ゆえに、これをマスターできた時の達成感(報酬)が大きいことは言うまでもありません。
下図ように、少しづつ大きくなる報酬を繰り返すことによって、Excelを好きになっていきます。
Excelには400件以上の関数が備わっていいます。これはつまり、同じ程度の努力で得られる小さな報酬の宝庫であることを意味します。もともと自己肯定感が低いADHD当事者がExcelに肩入れするのは、子供がゲームに夢中になるようなものだということです。
ADHD脳向けWordの処方箋
さて、ADHDのダメっぷりを散々あげつらってしまいましたが、この記事をここまで読んでくれた人は当事者ではなく、同じ職場にいるExcel方眼紙派にストレスを感じている方だと思います。
報酬系という観点から、自称エクセラーの気持ちが少しはわかってもらえると嬉しいです。
最後にADHDの人がどうしたら、Wordを使いこなせるようになるかをご提案します。
皮肉なことに一番お薦めできるWordの教科書は「Excel方眼紙」の何が悪い? 日経トレンディネットという記事を公開している日経BP社が発売しているセミナーテキストです。
【楽天ブックスならいつでも送料無料】Microsoft Word 2013基礎 [ 日経BP社 ] |
【楽天ブックスならいつでも送料無料】Microsoft Word 2013応用 [ 日経BP社 ] |
以前は、「Microsoft公式」の冠がついていたシリーズで、基礎編8時間+応用編12時間のおよそ3日がかりで開かれるセミナーのテキストとして使われるものです。ただし、これは講師が前に立って説明を進める集団講習会形式での時間の目安なので、自学自習の場合は2日もかからないかもしれません。
内容は、他の市販書籍にあるような機能のTIPSを並べたものではなく、一つのドキュメントを作り上げながら、Wordの主要な操作メニューを順に学びます。
単に機能を紹介するのではなく、効率的な文書管理になぜその手順を踏まなければいけないのかという背景の説明や、一般企業でのWord利用を前提としたストーリーが用意されているので、想像力に乏しい発達障害の人にもってこいな構成です。
販売元である日経BP社のサイトに、実習用データや講師用手引が公開されているので、社内にADHD系困ったちゃんを抱えている方はぜひ一度ご覧になってみてください。
*1:Word上の表でも四則計算や基本的な関数は使えます。見積もった金額をデータとして管理する必要があるなら、Excel上に設けたデータベースから、Wordに差し込み印刷するのが標準的なやり方です。
*2:不注意・多動性・衝動性
*3:参考: 左右盲(left and right confusion)の研究はこんなに進んでいた! - kukkanen’s diary