kukkanen’s diary

障害年金で暮らす片づけられない女の日記

療育ママとコンタクトレンズ

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コンタクトレンズから覗いた知的障害の世界

今朝、とてもショッキングなブログが目に止まりました。

知的障害とADHDだという診断が下りたのは中学生の頃だった。

自分が障害者だということへのショックは薄かったけど、他人の障害者への接し方を肌で感じて、「障害者ってこんなに酷い扱いを受けるんだ」と思った。

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高校は養護学校へ行った。親元を離れ寄宿舎で生活した。

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僕がコンタクトレンズをしていると知った時、「コンタクトなんて出来るんだ・・・」と呟いた女性教師を 今でもたまに思い出す。

知的障害。 - フユスル

どうしようもなく切ない感情がこみ上げてくると共に、「障害者になる」というスティグマについて改めて、思いをはせました。

心や脳といった目にみえない障害である精神疾患への配慮を、足が悪い人の車いすや目が悪い人の眼鏡に例えることがあります。

コンタクトレンズで矯正視力を上げれば、黒板の字もよく見えるようになるし、街を歩く時だって楽になることは間違いないです。

しかしながら、知的障害者として、養護学校の寄宿舎で暮らすことで彼が得られたものって、何だったのでしょう?

障害を持つ我が子のために、そして誰もが暮らしやすい未来のために

大人になってから、発達障害と診断された私はTwitterで積極的に当事者をフォローしています。それと同時に、療育などの発達支援を受けているお子さんを持つお母さんたちが発信する情報が流れてくるようになりました。

彼女たちの一部は、診断や治療を受けていなくても自分が持つ若干の障害特性を認識しています。結婚・出産まで経験して、社会に適応できていても、お子さんが当事者となったことをきっかけに、自らの"生きづらさ"に気づくケースなどがあるようです。

メタ認知能力が高いこれらのお母さんたちの視座は、私たち成人発達障害当事者にとって、とても有益なヒントを与えてくれることがあります。

ブログやTwitterなどで発信されるこれらの情報の大部分は、以下の3つのメッセージをバックボーンとしています。

  1. 我が子の発達障害を受容できて良かった
  2. 発達支援教育がお子さんの成長に役だった
  3. 発達障害を世の中の人に理解してもらいたい

そんなお母さんの一人が呼びかけた #啓発記事コラボ に私も参加しました。

www.kukkanen.tokyo

彼女たちの啓発活動が、お子さんの将来を憂慮していた方に希望を与えたり、 "大人の発達障害"を診てくれる医療機関を訪れる決意を固めた人がいたりしました。客観的で、かつ当事者性が持ちあわせているオピニオンの集合知が実を結んだということでしょう。

「療育ママ」がノイジー・マイノリティになる時

その一方で、1. にあげた「障害を受容できて良かった」というメッセージを伝えたいという使命感や、定型発達の子どもとは違う特別な教育を受けさせる決断を肯定したい気持ちが、そうではない人への攻撃性に転じてしまうこともあるようです。

特定の人を中傷するつもりはないので、リンクを貼らず、文言もコピペしませんが、ネットを徘徊していると"やるせない思い"にかられることがあります。

Aちゃんは乱暴でお箸もちゃんと持てないんです。

Aちゃんも発達障害なのかな?しかも、療育を受けていなくて野放しの?!

うちの子は作業療法のおかげで、お箸も鉛筆も正しく使えるようになったけどね。

Aちゃんというのは、お子さんのクラスメートで親が発達障害を認めていない可能性を示唆する内容でした。

同じトーンの、もっと厳しい意見に目をおおいたくなることもあります。

社会に出た時にうまくやっていけなくて困るのは子どもなんだから、「IQが高いから支援級に入れない」っていう親は虐待だよね。

こんな発言を繰り広げている人たちを目の当たりにして、ふと「療育ママ」という言葉が浮かんできました。

紀子さまが出産されたことで知られる愛育病院という産婦人科があります。ホテル仕様の個室費用が高いだけではなく、同院が掲げる理念や方針に賛同して、"出産と真剣に向き合いたい"妊婦さんの間で大変人気なんだそうです。

このセレブ産院に憧れて、わざわざ電車で1時間以上かけて通う人もおり、そういった様々な家庭の背景を取り上げたルポルタージュが『愛育ママの秘密』(Amazon)です。

愛育病院に集まるママに、出産という本来の目的からかけ離れた歪んだ感情が見え隠れするように、療育ママにもそれぞれが抱えるジレンマがあるように思いました。

健常者と同じレールを走るために必死になって努力することはいけないことですか?

ここ数日、私のタイムラインではWAISなどの心理検査の品質を保つための機密性が話題になっています。この件は、おいおい別の記事にまとめたいと思っていますが、一例を挙げます。

私は、過去にWAISを2回受けたことがあります。知識を問うテストで出題された内容をいくつか記憶しているのですが、2回目は見覚えがある問題が出ました。

  • 「人権蹂躙」の読み仮名
  • 第二次世界大戦が終了した年月日

その他、パターン化された暗算や図形の並べ替えなど、事前に問題の傾向がわかれば、自己訓練により点数を上げることができそうなものばかりでした。

つまり、心理検査の内容が対象者に漏洩すると、正しい結果を出せなくなるというわけです。

したがって、医師から伝えられる検査結果は「認知機能が低下している」みたいな漠然とした内容だけになります。詳細なレポートが開示されない理由は、患者側にそれを理解できる専門知識がないこともありますが、第一に設問とひもづくようなローデータは検査情報の流出につながるということなのだそうです。

この問題に関連して、ある"療育ママ"がこんなことをつぶやいていました。

発達検査で積み木ができるように予習させる親って、なんなの?「うちの子は本番に弱いので知能テストで良い点が出ないの」って言い訳は、検査の目的や本質をわかっていないよね。

たしかに、子どもの利益を考えて、発育の程度をはかる検査の予習をすることがナンセンスなのは承知しています。もちろん、発達検査の結果を受けて、支援級などに進むことがその子の将来に良い影響を与える場合もあるのでしょう。

療育ママがネットで訴えようとしているのは、そのような好事例です。


creative commons licensed ( BY-NC-ND ) flickr photo shared by yurhythm

一般企業の入社試験ではSPIなどの性格検査や適性検査が用いられ、学校の成績以外の尺度での人物評価に比重が置かれます。かくいう私も内定を勝ち取るため必死になって、適性検査対策の問題集に取り組みました。

発達診断と採用試験では、同じ心理テストでも目的が大きく異なりますが、問題の傾向やそれで測ろうとしているスキルの大部分は重なります。

ゆえに、ADHDである私にとっての就活は学業の何倍もの困難を感じる試練でした。

障害者という枠組みの中で生きること

冒頭に紹介したブログ記事《知的障害。 - フユスル》に話を戻します。

卒業と同時に工場へ就職した。

障害者雇用。会社にも補助金が下りるらしい。

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1年ぐらいで退職した。

障害者という枠組みで生きることで、自分の社会性が失われていると感じた。

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健常者として働くようになった。

自分が健常者か障害者かなんて分からないけど、その方が気持ちよく生きられた。

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履歴書は嘘を書いている。

普通校を卒業したことにしている。

悪いことだろうけど、そうじゃないと職がない。

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検査ですとかいって何枚かの絵を見せられても答えたくなかった。

そんな状態の検査結果が、自分の人生の重要な部分を担うことになるなんて、その時は分かってなかった。

普通校に通えたなら、そっちのほうが良かったとも思う。

大人になった今、高校時代の話をされても僕は嘘をつかないといけない。

《知的障害。 - フユスル》

この方のプロフィールには「ADHDでメンヘラ」という自己紹介がありますが、成人後に受けた知能検査の結果からIQは正常範囲で知的障害ではないことがわかったそうです。

ところどころを抜粋し紹介しましたが、ぜひリンク先にある記事の全文を読んでください。不覚にも目から熱いものがこぼれてしまいました。


creative commons licensed ( BY-NC-SA ) flickr photo shared by 910 style

この方の半生を起こりうる確率が希少な物語として、読む人も多いでしょう。

でも、障害と向き合い葛藤を続ける日々を送っている私にとっては、失われたものの悲しさに共感したり、その後の展開に勇気づけられたりするエピソードでした。

  • 車いすを使うことで、QOLが上がる人もいます
  • 車いすに乗らないことを選び、リハビリに取り組む人もいます

誰しも自分の生き方を肯定したいので、異なる選択をした人に批判の目を向けたくなる気持ちが生じるのは自然なことです。

道が2つしか無かったとしても、その選択を迫られている人間のスペックは自閉症スペクトラムの概念図からわかるように、連続した広い範囲に分布しています。

スペクトラムの左下にいる健常者と、同じ道を歩もうとしている人を愚弄するような空気があることがちょっと悲しいなと思いました。

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