ディスカリキュア(算数障害)と言語文化に関する考察
はじめに
ディスカリキュア(算数障害)のことを書き始めたら長くなっちゃったので、記事を分割してみました。
以下の記事を前編として、お読みください。
算数に関連した民族的な特徴として、こんな伝聞があります。
- インド人はみんな、2桁の掛け算を暗算でできる
- 欧米人は、お釣りの計算で引き算ができない
実際のところ、どうなのか簡単に調べてみました。
算数障害のインド人もいる
「インド・ディスカリキュア協会」という団体があり、そのWebサイトにインドにおける算数障害の問題と実態についての説明がありました。
- 算数障害は、その人が持つ知性の問題ではなく、神経学的なものである
- 算数障害は、 家族間で連鎖*1し、子供の将来に影響を与える
- 10%〜15%の子供がなんらかの算数障害に苦しんでいる
- インドが多言語主義であることも算数障害の要因として考えられる
Dyslexia is a Neurological Condition that is characterized by difficulties that mainly affect the ability of a child to read, write and spell. Dyslexia mostly runs in families and it can affect the child for his / her whole life, even into adulthood. It has nothing to do with the person’s intelligence.
...(略)...
Research indicates that perhaps 10 to 15% of children may suffer from some type of Dyslexia. In our country this figure may go up as multilingualism can also impact on the difficulty.
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欧米人は引き算ができないのか?
お店で税込800円の商品を買ったとします。
千円札と百円玉を3個を出して、500円玉のお釣りをもらうのが日本人です。
ですが欧米では、このようなお金の出し方をすると、会計の人が不思議そうな顔をするか、迷惑そうに300円を先に返します。
代金が80ドルで100ドル紙幣を出した場合は、キャッシャーは「90ドル、100ドル」と言いながら、お釣りをトレーにのせます。
つまり、日本人は頭の中で引き算をすることにより、お釣りで受け取る貨幣を効率よく整理する習慣があります。
それに対して、欧米人は足し算をしながらお釣りの額を確認するのが一般的です。
このことから、「欧米人は引き算などの暗算が苦手」という説があります。
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ローマ数字は"5"を起点に足し算と引き算が必要
それでは、本当に「欧米人は引き算が苦手」なのか、少し考えてみました。
私が苦手なものにローマ数字があります。
下の表でアラビア数字と対応させてみましたが、I(1)〜III(3)までは良いとしても、IV(4)以降は、普通の日本人にとって馴染みがなく混同することがあります。
アラビア数字 | ローマ数字 |
---|---|
1 | I |
2 | II |
3 | III |
4 | IV |
5 | V |
6 | VI |
7 | VII |
8 | VIII |
9 | IX |
よく見ると、V(5)を起点にしてIV(4)は左側に"I"がつき、VI(6)は右側に"I"がつきます。
無意識下でのローマ数字の認知に、"左右盲*2"や"減算加算の計算能力"が関係するのではないでしょうか?
ちなみに、Wikipediaには算数障害と左右盲の関連を示唆する説明があります。
Dyscalculia involves frequent difficulties with everyday arithmetic tasks like the followingProblems with differentiating between left and right
Dyscalculia - Wikipedia, the free encyclopedia
フランス語話者は"91"を発音する度に「4*20+11」と意識しているのか?
都知事時代の石原慎太郎氏にdisられたフランス語は、数詞の一部に20進法が残っているので少し複雑です。
日本語で"91"は「九十一」と発音しますが、フランス語では"quatre-vingt-onze"(4*20+11)です。
「フランス語は数を勘定できない言語で、国際語としてはふさわしくない」
算数障害と識字障害
フランス語による学習障害に関するポータルサイトで、こんな記述を見つけました。
Il existerait plusieurs types de dyscalculie
- Dyslexie numérale : « mauvaise » lecture des chiffres et nombres (« neuf » pour « 1 » ; « quatre-vingt-deux » pour 85 ; « sept cent dix-huit » pour 711 etc…). En dictée de nombres, « vingt et un » écrit « 28 » et en lecture « deux cent trente-cinq » lu « deux cent vingt-deux ».
- Dyscalculie des faits arithmétiques : difficultés d’apprentissage des tables et des faits arithmétiques avec des difficultés à résoudre des additions et soustractions simples (6+4 = ? ; 7-3 = ?).
数に関する障害を以下の2つに分類しています。
障害名 | 症例 |
---|---|
数字に関するディスレクシア(識字障害) | 85を"quatre-vingt-deux"(82)に誤読 |
計算に関するディスカリキュア(算数障害) | 6+4=? のような簡単な計算ができない |
ランス(仏)アカデミーで公開されている算数障害に関する資料の図解を見ると、"76"が"soixante-seize"(60+16)から成り立っていることがわかります。
Troubles logico-mathématiques ou dyscalculies - Académie de Reims(pdf)
フランス語ネイティブが頭の中で、91(4*20+11)や76(60+16)といった数字をどう処理しているのかはについて、フランス語で書かれた資料があまり見当たらなかったのですが、ご存知の方はコメント欄などで教えてください。
日本人によるフランス語の20進法をテーマにした論文に興味深い内容があったので、一部抜粋します。
出典 : 「フランス語の数詞について」松田孝江(大妻女子大学学術情報リポジトリ)
Brunotの『フランス語史』では、20進法による数詞「70、80、90」の廃止を訴える地理教師が神父にあてた手紙(1794年付け)を掲載しているそうです。
師範学校がいくつか設立されようとしているこの時期に、お願いしておかねばならないことがあります。soixante et dix, qutre vinght dix それに quatre vinght もですが、これらは20進法で教えていた無学な時代を想い起こさせるものでして、算数教育では、こうした低俗な表記は廃止するようにしていただきたいものです。
大阪大学の大谷泰照教授の講演を解説する朝日新聞の記事では、日本語の10進表記の優位性が示されています。
外国人と比べて日本の生徒の数学の成績が良いのは、日本人の知能指数が高いせいではなく、日本語の10進数のお陰
...(略)...
ヨーロッパの言語にはいろんな進法が混在し、それが計算力を伸ばす上で障害になっている。フランス語では91を4*20+11と表現するために、子どもたちは10を位どりの単位と見る意識に乏しい
算数障害に関しては、ざっくりググっただけでも次々と興味深い資料が見つかるので、いずれまた続きを書きたいと思っています。
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*1:遺伝的要素への示唆かどうかは不明
*2:「左右盲」は左右の認識に関する障害の俗称です。参考 : 左右盲(left and right confusion)の研究はこんなに進んでいた! - kukkanen’s diary